代表挨拶

面白い仕事は色々ありましたが、ここまで他人様に感謝してもらえる仕事は初めてです。

保険代理店を経営していますが、保険を売るのが仕事ではありません。

生命保険や自動車保険・火災保険の加入を検討されているお客様や、保険の見直しを検討されているお客様に対して、無駄な保険料を支払わなくて済む加入方法や保険についての考え方をアドバイスしています。

代理店として保険を扱っていますので、アドバイスのあと、“加入したい”と仰られれば、ご加入の手続きをさせていただいていますが、弊社から保険の加入をお願いすることはございません。

『顧客第一主義』なんて言葉が蔓延していますが、そういった企業は本当に顧客第一主義になっているでしょうか?

常にお客様の立場に立ちプランニングをしている保険代理店は少ないように感じます。

「一人は万人のために、万人は一人のために・・」
この大原則を胸に置き、
私たちは保険のプロ代理店として保険販売を通じて皆様方の幸せな人生や事業の発展のお役に立てますよう日々営業活動と業務改善そしてコンプライアンスの励行に努力しています。


-------------------------------------------

好奇心の強い方へ

時間がある方で、もっとエージーネットワークを知りたいと思ってくださったお客様用に用意したページです。淡々と書いていますので見にくいかもわかりませんが、お時間とご興味のある方は読破してみてください。

前身のエージーネットワークを開業したのは、損保会社の代理店研修生を3年経験し独立した平成19年8月。独立当初は売上も少なく本当に食っていけるのか?と思ったりもしましたが、当時から仕事は楽しく毎日が充実していて将来に対する期待の方が大きかったですね。

元来、常にポジティブな考え方ができる性格だったので、“まぁ、なんとかなるだろ”と思えたのもプラスだったと思います。

元々、運送屋さんだった私がなぜ異業種である保険業に興味を持ったのか? その前に、なぜ運送屋さんを選んだのか?

1984年11月、当時21歳の私は稼げる仕事を探していました。求人誌の厚みは3cmほどありましたが、載っている求人の8割はくらいは営業職でした。当時の私は営業という仕事は他人様に対して有る事無い事言ってモノを売る仕事だと思っていました。 その日の光景は今でも思い出しますが、友人の家で求人誌を見ながら最初に見つけたのが佐川急便でした。お昼過ぎだったと思いますが電話をして面接を申し込むと、面接は午前中のみなので明日来てくださいとのことでした。思い立ったが吉日タイプの私は次の日まで待てませんでした。 友人から、「近くに奥田運輸ってあるけど、仕事は佐川急便みたいな内容らしい」と聞き、即電話。すぐ面接可能と言われたので行き、その日に採用が決まりました。 職種はセールスドライバーで自分の配達・集荷コースは芦屋・夙川・苦楽園に決まりました。

色んなことがありました。 なぜ自分だけこんなにぼろクソに上司に怒られるんだろーと納得できないこともありましたが、根っからのハングリー精神でカバー。いつか見とれよ!と思い仕事はめちゃくちゃ頑張りました。 あの頃、賢かったよなぁと振り返って思えるのは、上司に頭きても辞めようなんて考えなかったこと。

立場の違う状態で喧嘩しても喧嘩にならないので、とにかく同じ土俵に上がってからとひたすら頑張っていました。1年ほどして昇進の話が出たとき、その上司は転勤で違う支店に在籍していましたが、ある時に顔を合わせると「最近よく頑張っているらしいなぁ」と褒めていただき、その時には腹が立っていたことも忘れて、涙が出そうなくらい嬉しかったことを思い出します。 3年ほど経ったある日、同じエリアを回っていた佐川急便のドライバーの口利きで佐川急便に就職することが決まりました。お客様全員にその旨を伝えその月で退社するはずだったのに、結局辞めなかった。

辞めなかったというより、辞めたくなかった。佐川急便に行ってバリバリ稼ぎたいって気持ちより、今のお客様と会えなくなると思うと耐えれなかった。結局その会社には9年数ヶ月在籍していました。 私が退職して数ヶ月後に倒産しちゃいましたが、この会社に就職していなければ営業だけで飯を食ってみたいなんて思わなかったでしょうね。 その後、携帯電話の営業を経験後、知人に誘われまた運送業へと戻りましたが、40歳までに3回勤め先の倒産を経験。元々サラリーマンが大好きだった私は独立・起業なんて考えたこともありませんでした。

3回目の倒産を経験したとき、今は就職先もすぐに見つかるだろうけど今から10年経って50歳でもし勤め先が倒産したら行くところがなくなるだろうなぁと思うと、他人の会社に自分の人生を預けるのが怖くなりました。 とはいえ、やりたいと思える仕事も無いし、独立・起業となれば資金・知識・技術・人脈等が必要ですが当時の私にはどれもありませんでした。

実は30歳で営業職を探している時、損保会社の代理店研修生に応募しようと思ったことがあったのですが、当時は再就職手当の対象にならない職種だったので諦めたことがありました。 ふとしたことがきっかけでその事を思い出し、ネットで検索。この仕事には、「私がやりたい理由」がいくつもありました。


①モノを売る営業ではなく、サービスを売る営業であること。

モノを売る営業の場合、お客様には新たな出費が発生します。また、どんなに良い商品であってもそのお客様に必要のないモノは購入していただけません。 サービスを売る営業は基本的にはブランドチェンジなのでお客様は新たな出費が発生することがなく、場合によっては出費を減らすことも可能です。 新しく車を購入して自動車保険に加入しようというお客様の場合、新たな出費が発生するように見えますが、私を通じて自動車保険に加入しなくても、どこかの保険会社で加入はされるので新たな出費ではありません。


②独立の際に費用がほとんど掛からない事

事務所は自宅兼事務所でも可能だし、パソコンとプリンターさえあれば開業できます。


③独立して1年目の売上が読める事

これはあくまで損害保険(自動車保険や火災保険)の話ですが、一般的に新しい事業やお店を始める場合、開業初年度の売上は全く読めません。めちゃくちゃ儲かるかもわかりませんが、全然ダメかもしれません。 損保営業の場合、1年間に自動車保険の年間保険料で1,000万円の契約をいただけたとすると、無事故のお客様は翌年保険料が下がりますが、 よほどチョンボをしない限りそのまま更新されるので保険料が下がる分を加味しても850万円くらいの売上は残ります。 翌年、300万円の新規契約をいただくと合計で1,150万円と売上を伸ばすことが可能です。研修生として3年間活動し、 3年間で開拓したお客様のご契約を持って独立するシステムなので開業初年度の売上はかなり読めます。


④積み重ねていく仕事である事

やった仕事がずっと残って積み重ねていけるので、ちゃんとした仕事をすれば思いもしない収入が手に入る可能性があること


⑤体調を崩して1週間仕事ができなくても翌月の収入は大して減らない事

お店をしていて1週間閉店すれば売上はその分減ってしまいますが、私が体調を崩して仕事ができなくても過去にご契約をいただいているお客様の口座からは保険料が振替されるので、 休んでいる間に新たな売上を加算することができなくても過去にやった仕事の代償としての手数料収入は入金されます。


このような理由で、2004年8月に保険業界に入りましたが、最初はボロボロでした。入社4ヶ月目に数軒のお客様宅で自動車保険のプレゼンを行った際に、 「こんなに詳しく説明してもらったのは初めて!めっちゃ分りやすかったわ!」と、全員同じ反応でとても喜んでいただき、少し自信が持てました。

前述のように、独立後は売上が少なくて苦労しましたが、運があったのでしょうね、お客様に恵まれたことが一番の要因ですが、生命保険との合計売上は独立当初の4倍を超えました。 毎年のように保険商品の改定があり、毎年税制改正もあるため日々勉強しなくてはいけないですが元来勉強は嫌いではなく、自分が勉強したことが全てお客様のためになると思うと、苦にはならないですね。

最後に
21歳の頃までは若気の至りで神戸高専を退学になったことを少し悔やんでる自分がいましたが、今思えばあのまま卒業して上場企業の研究室で仕事をしているであろう自分を想像すると、 絶対今の方が幸せな人生だよなぁと心から思えます。コミュニケーション能力を得て、お客様の暖かい心を感じれて常に自分のお客様に対して感謝の気持ちを持って全くストレスのない生活ができています。

もっともっと頑張ってお客様全員に恩返ししたるねん!といつも心に誓いながら仕事に向かっています。 これからもたくさんのお客様と出会うことになると思いますが、新たな出会いを楽しみにしております。

株式会社エージーネットワーク 
代表取締役
 佐藤 幸次郎

 ⇒「人生全てがサプライズ」代表ブログを見る